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天空の寺 ④

今日からしばらく那須です。
写真のアップができないので2日目の座禅の様子は
帰宅後に…

では夜の法話のことを少し。

前回書きましたように、今回の法話はその場に集う人からの
質問に答えるという形で行われました。
同室の小学5年生の女の子の
「どうして頭がつるつるなんですか?」
といういかにも小学生らしい質問を皮きりにいろいろな
質問に対するお話の中で心に残っていることを。
(ちなみに頭がつるつるなのは髪型どうしよう?
などの煩悩を捨てるためだそうです。
なかなかいい質問だったね、ふうかちゃん^^)

いろいろな質問に対してご住職は
人生を海にたとえて話してくださいました。
悩みや苦しみや煩悩は波で、それにとらわれのみこまれ
あがいていては苦しいばかり
しかし海の表面ではなく深く深く潜っていけば
そこにはもう波はなくただただ静かな深海の世界

あとは前頭葉と丹田の話し
怒る時に使う「頭にきた」という言葉の「頭」は
感情をつかさどる前頭葉のことで、怒り、憎しみ、妬み、悩み等で
あれこれ考えている時の脳波はひどく乱れている
この時「腹を据える」とその脳波がすっと静かになる
この「腹」とはおへそから10cmほど下にある丹田のこと
物事は頭ではなく腹でとらえろ、ということでしょうか
そういえば座禅の時の手の置き位置がちょうど丹田のところでしたね。

もうひとつ、般若心経の「空」について。
(これは私の質問から)
「空」を言葉で考えていてはその本質は見えてこない
たとえば「空」を水晶玉と考えた時、その玉のまわりには
いろいろなものがまとわりついて玉を覆っている
それがなくなった時にはじめて見えてくるもの
抽象的ではありますがなぜか心にすとんと落ちました。

そして帰宅後、ブログのコメントを見ましたら
先日出した私の作品を見に来てくださったふみさんから
こんなコメントが

『今回の作品、竜が水晶を大事に抱えてるように
思えちゃいました』

またご自身の日記の中でも

『竜が水晶を慈愛いっぱいに抱いているようなイメージを
私は受けたのですけれど…』

とありました。

水晶!
あ~ リンクしてるなぁ
しかも、タイトルの「光明」ってわりと仏教的な言葉で
「智慧、慈悲の光」のことなんですよ。
ふみさんのおっしゃる「慈愛」にもつながりますね。
私もそれをふまえ、光の輪の中の般若心経が浮き上がるように
書いてみたのですが、その輪を水晶ととらえてくださったことに
深く感動しました。
しかも龍!
カッコイイ~ ふみさん、ありがとう!^^

自分の中にある光
そして輝く水晶を大切にしていきたいと
あらためて思った2日間なのでした。


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by yokomoko | 2012-08-10 11:36 | 旅行関連記事 | Comments(10)
Commented by ふみ at 2012-08-10 17:50 x
「空」についてのお話は、
正直言って、難しくて良く分からなかったりしますが…。

それにしても。
驚愕の偶然。
水晶と光明と慈愛とが
そんな風に絡み合っていたとは…。
私としては、
単に印象やら受けたイメージを文字にしたのに過ぎませんが
何と言うか、
そういうイメージによる交流が意識下にあったのかも
しれないですね。
言葉に拠らない意思の伝達???

非常に感慨深いものがあります。
Commented by yokomoko at 2012-08-10 19:57
>ふみさん
私もお寺から帰ってきてふみさんのコメントを読んで
え~っ!と驚きました。
意識下の交流かぁ…
そういうことってあるんですよね。
ありがとうございます^^
Commented by ちえ丸 at 2012-08-11 08:41 x
yokomokoさん、こちらにはお久しぶりです。(^^)
いやほんとに清々しい写真と記事で心が洗われるようですね。
前の記事の作品、「光明」もすごく素敵。
力強いけど光の柔らかさも感じられました。

それにしても
前頭葉と丹田の話は「フム~」(_ _)と思いました。
私もちょっと前、悶々(ムカムカ?)としており、
忙しさもあってネット(特にツイッター)なんかも必要性を感じず遠ざかっていたんですが・・・
でも、丹田を抑えるとス~っとするの、わかる気がします。
テコンドーやってた時、道着を着るの大好きだったんですけど、帯を締める時、丹田の上で結ぶんですよ、
すると、気持ちがきゅっと締まるんです。
最近遠ざかってたんで忘れてましたが、
気持ちが乱れた時はおなか(丹田)に手を置いて深呼吸することにします(^^)

それにしても
写経(宿坊)に小学生も参加するんですね~すごいわ・・(@@)


Commented by yokomoko at 2012-08-11 16:25
>ちえ丸さん
いらっしゃいませませ♪^^
おほめの言葉ありがとうございます。
「光明」の書は11月の本厚木でのランプ展の時にも
展示する予定ですので見に来てね^^
丹田の話はテコンドーやっていたちえ丸さんならきっと
ぴんとくるかなと思ってました。
私も最近心乱れる出来事がありましてまさに実践の時なのかと…

小学生の子、面白かったなぁ。
宿坊にはお母さんに言われて来たらしいですが、いい体験に
なったんじゃないかな。
Commented by みずほ at 2012-08-17 21:52 x
なんてなんて素敵なお寺!!私も行ってみたいです~。
娘さんと行かれたんですね。私もいつか・・・。

「空」についての解釈とyokomokoさんの作品。
まさに!ですね。yokomokoさんじゃなければ
書けない作品です。

私の旦那はyokomokoさんの作品を見て、
「よくあんなに綺麗に輪が書けるなぁ~」って
感心していました。やはり、光のあの線が
とても印象的だったようです。
Commented by yokomoko at 2012-08-18 09:42
>みずほさん
このお寺、みずほさんも絶対に気に入ること間違いなしです^^
ちょっと行きにくいのが難点ですが、いつか是非!

作品もお褒めいただきありがとうございます。
あの「輪」はあれが一番気持ちよく書けたものでした。
般若心経を下地にした作品はたぶんあれが最後になるかなと。
11月のランプ展にも展示する予定です^^

Commented by 健ちゃん at 2012-08-19 17:44 x
私もこの夏の初めに、高野山に行きました、四国巡礼のお礼参りです(、、、遅いですが)
精進料理を頂き、弘法大師さまが御入定されている奥の院へお参りしました。

高野山とは修禅の道場として弘法大師(空海)が嵯峨天皇より下賜されて開いた真言密教の聖地です
真言宗は密教ですが、修禅も大事なようです。

私は数十年前より丹田に興味を持ち、仏教や般若心経を勉強(研究)しました
私なりの結論は、仏教とは教説(字面)ではなく、この身で感得するものだ。です。
その方法(手段)が禅であったり、咒を称えたりでした。

自分の中にある光  それを見るのが仏教であり 生まれてきた意味(か目的)だと思います
人は誰もが自分の中に光を持ちながら、煩悩が為に見れない人もいるでしょう。

まだまだ暑いのでyokomokoもご自愛のほどを。    久し振りの健ちゃんより
Commented by yokomoko at 2012-08-20 21:00
>健ちゃん
お久しぶりです。
健ちゃんは高野山に行かれたのですね!
奥ノ院のあの雰囲気は他では味わえませんよね。

丹田…健ちゃんは瞑想のプロですものね!
私はどうも頭で考えてしまうことが多いのですが
確かに体得してこその般若心経、空、無なのかもしれません。
座禅は引き続きやってみたいと思います。
自分の中の光、信じていきたいですね。
健ちゃんも夏バテ等気をつけてくださいね^^
Commented by momosa at 2012-08-21 23:16 x
座禅は、インドのブッダガヤの大塔で・・・
ゆる~い座禅でしたけど。(笑)

真言宗のお経って、ホーミーみたいに思うのは私だけ?
声の良いお坊様のお経はそんな感じに聞こえます。

お茶室のにじり口の話をしてて・・・
(一般的には、中は身分などなく平等である。意味なんだけど)
あの入り口から、入るから宇宙を感じられる。
お茶室は宇宙なのよ!ってな話。(笑)

Commented by yokomoko at 2012-08-22 11:59 x
>momosaさん
インドのブッダガヤ!
さすが世界をまたにかけるmomosaさん!
スケールが違います。本場での座禅はどんな感じなんでしょうね。

お茶室は宇宙…ふ、深いですね!!!
茶道とか縁がないのですが、機会があれば触れてみた世界です^^
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